another earth

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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
(2012-03-16)







(ネタばれありなので、これから観る方はパスしてね・・・)






「自分自身を認識して自分を知る事は可能か? 自分に何を伝え何を学ぶのか? 自分を外から見たときに自分は何を見たいのか?」 (劇中NAより)





もし、今、あなたがまだ十分若くて、知識と教養にあふれ、約束された輝かしい未来があり、幸せ(何を持って幸せを感じるのは人それぞれだけど・・・)の真っ只中にいたとする。


そんな時に、取り返しのつかない「過ち」を犯してしまったら・・・


自分のみならずその出来事で相手の人生をも滅茶苦茶にしてしまい、彼の妻や幼い息子の命さえも奪うことになってしまったら・・・


そして自分が犯してしまった罪の重さに耐え切れず、自殺さえも試み、失敗し、激しい贖罪の念に駆られながら生きていかなくてはならなくなってしまったとしたら・・・



そんな時に現れたもう一つの世界(地球)。



その世界は「この世界」の双子ともいえる存在で、そこにもう一人の自分(我々)がいてその世界は自分たちとシンクロしていた。


そしてそこに、取り戻せる「救い」があったら・・・


ある日、地球と双子の惑星が現れ、そこにもう一人の全く同じ自分がいたとしたら、その自分は今の自分と比べてどうでしょうか?


全く同じ? 楽しそう? それとも悲しみに溢れている? 順風満帆の人生を送っている? それとも・・・


そして、もう一人の自分はあなた(私)を見てどう思うでしょうか?






そんな想像を膨らませてくれるSF映画です。













ある「音」のシーンが印象的でした。


主人公のローダは宇宙を感じたくて、天文学を学び宇宙飛行士を夢見る女性ですが、そのシーンを通して彼女の宇宙へのイマジネーション広がります。


「ミュージック・ソー」と呼ばれる西洋のこぎりを使って奏でられる音楽の演奏を聴いた時、彼女の意識は宇宙へと飛びます。


以前、このブログでもご紹介しましたが、「路上のソリスト」の主人公であるホームレスの天才チェリストが「音の世界」にダイブするシーンを思い出しました。


派手なCGシーンは一切ありません、SFだと感じさせるのは「もうひとつの地球」がぽっかり空に浮かんでる映像だけです。



低予算ならではのアイディアの良さときめ細やかな脚本の良さが秀逸でした。



もうひとつの地球が綺麗でした。



そしてラストシーンがね・・・ グっとくるんです・・・











低予算のSF映画って良い映画が多いですよね、(「月に囚われた男」とか)。

(なぜ原題は「アナザー・アース」なのに、邦題は「アナザー・プラネット」に変えてしまったのか・・・

「アナザー・アース」の方が全然イイのに・・・)















アルファからチャーリーへ  こちらブラボー

Boards of Canada,ボーズ・オブ・カナダ
WARP RECORDS
(2005-10-18)






一瞬に思える永遠・・・



永遠に思える一瞬・・・





どちらも一瞬と永遠に変わりはない。

































ちいさな哲学者たち

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アミューズソフトエンタテインメント
(2012-02-24)

 




幼稚園の砂場で「愛と死」につぃて考える幼稚園児たち・・・



一体、君たちはどんな大人になるんだい?












でも きっと、いつか自分自身の存在に疑問を持つ時が来るはずだから、そんな急いで小難しい事を考える必要は無いとオッサンは思いマスです。


最近思うのは、いまどきの子供たちはたいへんだなぁ・・・ と。


早く大人になる事を強要されて、子供らしい子供が少なくなっていっているような気がします。


大人が勝手に作った消費を中心とした消費されるスピードがますます加速化する世界に組み込まれ、それに着いていかないと社会の落伍者の烙印を押されるようなシステム・・・


そんな世界に合わせる必要はないと思う、自分のペースを守って他人に惑わされることのない感受性の豊かな心のおおらかな優しい大人になって下さい。



考えてばかりいると疲れちゃうよ。



考えて、感じて、感じて、考えて・・・  左と右の脳をバランス良く使いたいものですなぁ・・・



でも、そんな偉そうに言えるほど、僕はおおらかではありません・・・・  ブハハハ・・・(笑い声だけはおおらかです)



そして、なんのわだかまりもなく、「素直に笑って、素直に泣ける」・・・ そんな世界に僕は住みたいし、そんな世界になるとイイな・・・ と思います。






































おっと、今日は 5/13 か・・・






世界中の母ちゃんたちへ、もっと言えば宇宙中の母ちゃんたちへ・・・



感謝、感謝。


















サ吉とロ上、グッ!













サイプレス上野とロベルト吉野
Almond Eyes
(2009-01-21)


フロム ダスク ティル ドーン

George Harrison
Capitol
(2002-01-15)

 






あればあったでありがたく、無ければ無いでそれなりに、あってもなくても何も変わらず・・・ 





などと思ったりしてみた。




























【永遠の悪ガキ】

 


以前から「favorites」シリーズで書こうと思っていたんですが、beastie boys・・・



「くだらないことをマジでやる」彼らの結構ファンなので。



でもね、残念なことにビースティーズの中心的な存在であるアダム・ヤウク氏が5/4に亡くなってしまいました。



こんな形で記事を書くことになって残念です。












このPVもおバカすぎて最高です。


実際は30分近くあるものを凝縮したもので、「ロード・オブ・ザ・リング」のイライジャ・ウッドやオーランド・ブルーム、ジャック・ブラック、スティーブ・ブシュミなどが出てたりします。


(僕的にはカウベルを叩くおっさんがツボです)


ラストが中途半端な終わり方ですが、続きがあって偽beastiesとのダンス・バトルに発展するのですが、下品この上なく、面白いです。(興味のある方は検索を・・・))










そして、改めてアダム・ヤウク氏のご冥福をお祈りします。











interlude(15)

 































favorites (21) -2

 



前回の続きです。




(これは昨年、書いたものを若干手直ししたもの。 昨年映画館で観たのですが、ブログにUPしようしようと思っていながら、なかなかできなかった映画についてです。 ネタバレありなのでこれから観る方は注意)





110909_1133~0001.jpg





「tree of life」・・・




「生命としての最初の記憶」 「記憶の先にある記憶」 「意識を超えたその奥にある意識」 「連綿」・・・


そんなワードを感じさせる映画だった。


テレンス・マリックの創る「映像」はとても概念的で抽象的だったりするんだけども、それが妙に心地よかったりする。(シン・レッド・ラインの時も感じたけど光の撮り方が、印象的で綺麗)


宇宙の創生から地球の誕生、そして地球上での「生命のらせん」・・・


その「情報のらせん」を繋げていくために、種々多様な変化を遂げた生命体。


目的はDNAの伝達。


この映画を観て思い出だしたのが、ドーキンス博士の有名な言葉、「生物は遺伝子によって利用される乗り物に過ぎない」だった。



何故か、ラストの映像を見て僕は泣いた・・・













(このブログのタイトルともシンクロする、この映画のタイトルなので結構興味を持っていました。

アダムとイブの登場する「tree of life(生命の樹)」よりも、生物の進化を表した「系統樹」のイメージが、僕には強いです。

それと、ジェシカ・チャスティンがきれいだった。)























110909_1138~0001.jpg













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ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
(2012-03-07)


favorites (21) -1

 


テレンス・マリック・・・



(これは昨年、書いたものを若干手直ししたもの)


「tree of life」を昨年、公開時に劇場で観て、「やっぱテレンス・マリックの物事の捉え方って素敵だな」って思ったんですけど・・・


この監督、すでに巨匠のイメージがあるけど、あまりパブリックな場に出ない謎に包まれた方なんです。


しかも、マサチューセッツ工科大で哲学を教えていた経験の持ち主で、映画監督でもあり哲学者(もしくは哲学者であり映画監督)であるという変わった経歴の持ち主でもあるんですが・・・


監督歴は1969年からあるそうですが、、監督としての作品本数も割りと少なく(6本程度)僕が知ったのは1998年の第二次世界大戦のガダルカナル島の戦いを描いた「シン・レッド・ライン」が初めてでした。


「tree of life」を観た後に、もう一度「シン・レッド・ライン」を見直して観たのですが、当時とは違った印象を受けました。


当時、僕はこの「戦争における群像劇、人間ドラマ」という認識で観ていて、ストーリーばかりを追ってしまい「映像を感覚的に捕らえる事」ができていないように思えました。


改めて観て感じた事は、人間という地球上におけるひとつの「種」が、同じ種同士、殺し合いを行うという戦争といった「愚かな破壊行為でさえ自然は受け入れてしまう」という事。


大地を切り裂くような砲弾が炸裂した草原では戦争が起こる前も、起こった後も何も変わらず黙々とただただ粛々と自然の営みは行われており、それは「人の行為の及ばないところに自然がある」というか「自然と懐の深さ」というか、「人智の及ばないところで自然は息づいている」という事なんだろうなと思った。


時にそれは、木々から漏れる「木漏れ日」だったり、狂気の銃弾が飛び交う草原に潜む兵士が目にする「その場の緊張感とは、まったく異種の世界いる」ひらひらと舞う蝶だったり、爆撃に驚き逃げ出す蛇だったり、滝から落ちるキラキラ光る水しぶきだったり・・・


そんな映像が時折挟みこまれていて、「テレンス・マリックの伝えたい事ってそっちのほうなんだろうな」って・・・


自然の中にある「何か」を彼は知覚していたんだろうな・・・って (あるいは自然そのものかな)







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favorites (21) ー2  テレンス・マリック 「tree of life」へ続く...








interlude(14)

 
































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